私のような高齢者世代が、社会に “害” を及ぼすこと。
私は、このように解釈している。
私のような “昭和世代” のおじさんから見ても、「老害だな」と感じてしまう人は居る。
そして残念ながら、私の周囲でも・・・居る。
人は皆、歳をとる。
今の若者達だって、いずれは私と同じ「おじさん」「おばさん」になる。
そして、
私は「おじいさん」と呼ばれるようになる。😿
でも、ね。
私は、『老害』と言われたくないのだ。
60歳になっても、70歳になっても、『老害』とは絶対に言われたくない。
大変残念な事だが、
先にも書いたように、私の周囲でも『老害』が居る。
具体的な事は書けないが、私よりも人生経験豊富な先輩が・・・やらかしてしまった。🙀
うーむ・・・🙄
いや、
私は、やってしまった事は仕方ないと思うのだ。
問題は「後始末」である。
相手に謝罪し、許しを請う。
補償する。
納得してもらう。
このように、“やるべき事” があるはずなんだけどな。
先輩、何やってるんだよ・・・😿
例えば、電車やバスに乗っても、
「席を譲ってもらうのが当たり前!」みたいな振る舞いをする老人達。
日々の生活の中で、こう感じる事が多い。
とても残念だ。
まあ、
私も知らず知らずのうちに、他人様に迷惑をかけてしまっているかもしれない。
ただ、
私は、『老害』と言われたくないのだ。
これを意識しながら、行動している・・・つもりだ。
「意識すること」は大事だ。
もし、
何も意識せず、本能のままに行動すれば・・・
私も『老害』の仲間入りである。
すぐにキレてしまいます。
本能の赴くままに、俺がキレてしまったら?
俺は、『老害』と周囲から言われるでしょ?
それが “イヤ” だから!
私は、意識しているのだ。
やらかしてしまった私の先輩に、
私が直接、説教する事は出来ないんですけどね。
「あなたは、今のままでは老害だから!」
「意識して行動しないとダメだから!」
「本能のままに動いたらダメだから!」
先輩が、私の日記の読者であるといいなぁ。
そんな事を思いながら、今夜の日記を書いてみた。
では、おやすみなさい。💤