理解不能な「上の人」 

「ロンドンブーツ1号2号」の田村淳さんは、東京オリンピックの聖火リレーのランナーを辞退すると発表した。

 

理由

大会組織委員会の森喜朗会長は、東京オリンピックについて

「コロナがどうであろうと必ずやり抜く。やるかやらないか議論するのではなく、どうやるかだ」
「有名人は田んぼを走ったらいいんじゃないか」

このような発言をされたらしい。
これらの発言を田村さんは疑問視したようだ。

 

 

うーむ 😕

乱暴で、失礼な発言だ 😤

 

菅義偉首相は東京オリンピック・パラリンピックについて

人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証として、また、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたい

 

施政方針演説で、このような発言をされたはずだ。

森会長の言う「コロナがどうあろうと」は、あまりにも乱暴だ。

 

 

「上の人」の発言は、時として理解不能だ。

 

私は長く「サラリーマン」をやっているが、そんな場面を何度も経験してきた。

さて、今日はそんな「上の人」と、私がどのように接してきたか、書き残しておきたい。

 

 

逃げるのみ

 

若い頃は「逃げた」、即ち会社を辞めた。

当時の選択肢は「これ」しかなかった。

 

今でこそ崩壊しているが、昔は年功序列の世界。
若手は年寄りには勝てなかったのだ。

 

「上の人」と衝突すれば、若手だった私が辞めるしかなかった。

 

 

転職回数、記憶に無し

 

2020年4月17日の日記

数えたことはないが、間違いなく「二桁」、すなわち「10回以上」は職場を変わっている。

そして、殆どが「人間関係」で辞めている。

 

 

転職には、一切の後悔無し

 

たくさんの職場を経験し、たくさんの人に出会った。
だから、転職を繰り返した事に後悔は無い。

この日記で度々書いているが、私が後悔しているのは、「勉強をしなかった事」である。
1月27日の日記

 

 

人生は有限だからこそ

 

実は私は逃げ遅れた事がある。
もっと早くに辞めるべきだったのに、逃げ遅れたせいで、精神的に病んでしまった。

かつて、私は「引きこもり状態」だった。

 

人生は有限である。
無限ではないのだ。

自分が嫌いな人達と付き合って、心身を消耗することは無い。

そんな人生、面白くないし、楽しくない。

 

ここまで、「まだ私が若くて、職場を選べた時代」を振り返ってみた。

今夜は遅くなってしまったので、「年寄り扱い」されるようになってからの事は、明日書きます。